十三号独房の問題 part2


前回の続きから。


所長と監視はランサム博士に手紙を書いた理由と、ペンとインキを手に入れた理由を真剣に考えていた。布地はリンネル片から切り取ったものとだと理屈が通ったが、ペンとインキは説明がつかない。所長はとりあえず監房を見に行き、思考機械のシャツを着替えさせた。彼はちょっと慌てた様子を見せた。リンネル片は彼の着ていたシャツの切れ目にぴったり合った。しかし、ペンやインキに使えそうなものは見つからなかった。


3日目になると思考機械は何と買収手段に出た。昼食を運んできた看守に憐れみを誘い、脱出計画に加担しないか誘った。看守は誘惑を避けるように7つの扉のうち2つ分のカギしか持ってないことを告げた。
その後、夕食の時間にはやすりで鉄格子をこするような音が聞こえてきた。所長は身体検査を行い、腰バンドの両方から靴のかかとから取った鋼片を見つけた。かなりこすったように見えて白くなっていたが、格子はビクともしなかった。何とも策に窮したことである。


翌朝4時、貫高い恐怖の叫びが所内に響き渡った。建物の中央に近い監房からと思われ、所長たちは飛び起きて駆け付けた。やがてその声はすすり泣きのようになり、細く消えていった。十三号監房だと思っていたが、思考機械はいびきを立てて寝ている。叫びは2層上の最上階の三号監房から聞こえていて囚人はうずくまっていた。
囚人は恐怖に震えた手で所長に掴みかかった。"この部屋から出して下せえ。何かは言えねえんだが、何だか変なものが聞こえるんです"と言う。そして再び叫び始めた


この男の名前は"ジョセフ・バラード"と言い、情婦の顔に硫酸をかけて殺人犯だ。しかし彼は罪は立証されてないと強情に言う。何が聞こえるかを問い詰めても言えない、何処から聞こえてくるかも分からない。しかも人間の声ではないと言う。1時間も聞き出したが要領を得ず、やがてバラードは口をつぐんでしまった。ここから出してほしいという願いも叶えられず彼は恐怖に歪んだ顔で立ち尽くすことになってしまった。
その翌日、4日目はほとんど前庭を眺めていたが、またしてもリンネル片を落とした。「あますところ、あと3日」と書いてある。


この布片もワイシャツ生地であるが、前回に使った分以外に引き裂いた形跡はない。しかし生地は同じ種類なのである。
思考機械はその日の天文学的計算から21時まで月が出ないことを知った。そして監視からアーク灯の管理は配電会社に委託しており、所内に電気技師がいないことを聞き出した。その日の日暮れには今度は紙幣が舞い降りてきた。5ドル紙幣を進呈してきたのである。


しかし、思考機械が入監した時には10ドル紙幣2枚と、5ドル紙幣1枚しか持ってないはずだった。5ドル紙幣は最初のリンネル片に結びつけてあったため、残っているのは10ドル紙幣のみのはずである。通信文を認めたり、両替が行われている可能性から夜間に抜き打ち調査をすることに。
所長は夜中3時に監房に入り、角灯を男に浴びせた。所長は監房内を徹底捜索した。すると床に近い壁に丸い穴が開いているのを見つけ、何かを引きずり出した。ネズミの死骸だ。更に思考機械の衣服からは1ドル紙幣が5枚出てきた。


3時50分に所長たちはベッドに戻ったかと思うと、また叫び声が響き渡った。三号監房に駆けつけるとバラードは「あっしがやったんです。白状します!もう責めるのは止めて下せえ!」と叫んでいる。「硫酸をぶっかけたのは確かにあっしです。白状するからここから出して下せえ!」。彼によると4時ちょっと前にうめき声が聞こえてきて、「酸、酸、酸ってあっしを責めるんです!」と言う。「あっしは殺すつもりでやったんじゃないのに、あの声はいつまでもあっしを責めるんです」。詳しく聞くと酸と3度言うと、うめき声が聞こえ、8豪サイズの帽子と聞こえたという。


5日目の朝になったが、思考機械はますます上機嫌になっており、その日も"あますところ、あと2日"と書かれた50セント付きのリンネルが落ちてきた。調査では両方共出てこなかったのであるが。怪談話も初めてのことだったので気がかりになっていた。
6日目にはランサム博士とフィールディング氏の書状で明日に刑務所を訪れることを伝えた。この日はまたリンネル片に「明木曜夜8時半に所長室にて」と書いた手紙をよこした。


いよいよ7日目になったが監房内は普段と変わった様子はなかった。19時になるとランサム博士達が訪れた。所長はホッとしてこの1週間に起きた出来事を話した。
だが、河沿いの前庭を受け持つ監視が慌てふためいて入ってきた。アーク灯が故障したと言うのである。所長は配電会社を呼んで現場に向かった。ランサム博士たちは残ったが、正門の守衛から速達便が届いた。


20時近くに所長が戻ってきた。職工たちは既に作業にかかっており、所長はベルで前庭の監視を呼び、職工の人数を確かめた。
その後、速達便を開封すると所長はぽかんとした。十三号監房からの手紙で晩餐への招待状である。所長は看守に監房を見に行かせた。筆跡は思考機械のもに間違いない。


その時、門衛から電話があり、新聞記者2人が会いたいと言う。監房では思考機械がまだ寝ている。
扉がコトコトなった。中に通すと一人は所長も顔見知りのハッチンソン・ハッチ記者だった。もう片方の男が言った。「僕は約束通りやってきたよ。」その男は思考機械だった。


今回はここまで。次回は最後に思考機械さんが行った行動を。